広島県安芸郡坂町水尻にベイサイドビーチ坂はあります

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ベイサイドビーチ坂
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ベイサイドビーチ坂の周辺施設の情報です

ブログ記事

護衛艦 かが
日時:2017年10月17日 PM 08:29
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広島県呉市にある海上自衛隊呉基地で、護衛艦「かが」の見学に行ってきました。


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大きい!長さが248mもある。ちなみに、呉海軍工廠で建造された戦艦 「大和」は、全長が263mだったそうです。


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歴史の見える丘
日時:2017年5月 1日 PM 02:08
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歴史の見える丘は、広島県呉市宮原5丁目にある公園です。


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ここから戦艦大和を建造した旧ドックを見ることができます。 屋根付きなのは、戦艦大和が極秘に建造されていたために、目隠し用に作られたものだそうです。 現在、ドックは埋め立てられ上屋(骨組みは当時のまま)だけが残っています。 側面に『大和のふるさと』と書かれています。


噫(ああ)戦艦大和塔

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戦艦大和を建造した旧呉海軍工廠(こうしょう)が見えるこの地に、大和の艦橋をかたどった塔が建てられています。



2015年5月6日にNHKの「歴史秘話ヒストリア」で放送された、幻の巨大潜水艦『伊400』も同じ旧呉海軍工廠(こうしょう)で建造されています。 3機の特殊攻撃機「晴嵐(せいらん)」を搭載することができた『伊400』は、潜水空母(せんすいくうぼ)と呼ばれていたそうです。


私が、このNHKの番組を見て驚いたのは、広島市東区に本社があるショッピングセンター イズミ(ゆめタウン)の創業者 山西義政氏が『伊400』の元乗組員だったということです。


また、『伊400』に格納されたのが3機の特殊攻撃機「晴嵐(せいらん)」ですが、 翼の全長が12メートルあるのに、直径4メートルの潜水艦格納筒に収納するという、この発想力と技術力に敬服しました。 翼を折りたたんでどうやって収納したのかは、 画像検索 すると出てきます。

アレイからすこじま公園
日時:2017年4月14日 AM 09:34
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海上自衛隊 潜水艦桟橋です。左側に潜水艦。右側に護衛艦が停泊しています。


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国内で唯一、潜水艦を間近で見ることができる公園です。


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かつて魚雷などの揚げ下しに使われていたクレーンです。現在はモニュメントとして、アレイからすこじま公園に設置してあります。


「アレイ(ALLEY)」は英語で路地を意味し、「からすこじま」は昔呉浦にあった「烏小島」が名前の由来だそうです。

広島県呉市PR動画
日時:2017年2月 3日 AM 08:42

広島県呉市は、アニメ映画『この世界の片隅に』の舞台になった街で、いま注目を浴びています。 そんな熱い呉市が、新キャラクターと新テーマソングを発表しました。

キレ切れのダンスに注目! 広島県呉市の名所が色々出てきます。

大和のふるさと
日時:2016年5月 5日 PM 02:33
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広島県呉市瀬戸見町から呉市宮原方面を撮影しています。戦艦大和が建造されたドッグ跡が、かすかに見えます。 戦艦大和建造ドック跡は、産業文化遺産に指定され、大屋根は当時のまま保存されています。 大屋根は、戦艦大和の建造が見えないようにするために架けられていました。

高烏台 日招像(ひまねき像)
日時:2016年5月 3日 PM 02:24
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音戸の瀬戸公園の一番高い場所にある高烏台です。平清盛が沈む夕日を招き返したと言われる伝説の場所で、清盛の立像(日招像)が建立されています。


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音戸大橋(左)と第二音戸大橋(右)です。第二音戸大橋は愛称で『日招き大橋』と呼ばれているようです。 音戸の瀬戸は平清盛が航路として開削したと言われていて、1日で工事を終わらせるために、清盛が沈む夕日を招き返したという伝説があります。


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呉市の製鋼所付近です。

第2音戸大橋
日時:2016年5月 2日 AM 10:22
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第二音戸大橋です。歩道橋から撮影しています。


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歩道橋から展望台の眺めです。


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呉市の製鋼所付近の写真です。

音戸大橋(おんどおおはし)
日時:2016年5月 1日 PM 07:21
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1961年に架けられた音戸大橋です。広島県呉市と倉橋島を結んでいます。


『音戸の瀬戸』と呼ばれるこの海峡は、古くからの海上交通の要所ですが、もともと陸地が繋がっていました。 平安時代に日宋貿易の航路として平清盛が、沈む夕日を扇で招いて1日で開削したとの言い伝えが残っています。


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2013年に架けられた第二音戸大橋です。


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展望台に架けられている歩道橋です。通称で「第三音戸大橋」呼ばれています。